鰹節の思い出

鰹節といえば、やはりおかかごはんである。削りたての鰹節に醤油をたらす。ただ、それ
だけで、白飯の一杯や二杯はいける。塩昆布でもあろうものなら、茶漬けにしてもう一杯。
鰹節の香りと醤油の風味が一体となった旨さは、私(否、もしかしたら日本人)にとって原点回帰の味の1つかもしれない。
祖母が鹿児島生まれ、ということもあったのだろう。物心つく頃、鰹節は、いつも我が家の食卓の友だった。おかかごはん以外にも、おひたし、湯豆腐、厚揚げ焼きにと鰹節は大活躍。夕飯前になると、鰹節を掻くのが幼い私の役目でもあった。スムースに削るにはコツがある。鰹節の目に従って削ること。これが肝心で、この目に逆らってしまうと鰹節は粉々。実に淋しい結果になってしまう。だが、それはそれで梅肉とあえたり、ごはんにまぶして食べていたものだ。なにせ子供にとって鰹節削りは、結構な力仕事。せっかく掻いた鰹節を、微塵になったからと捨てるには忍びなかった。醤油をひたひたにまぶしてごはんにまぜ、時には卵かけごはんにもしたし、海苔で巻いてたべたこともあった。また、お弁当は、必ず、おかかと海苔のだんだんごはん。今でも、出張のお共には、おかか入りのおにぎりを持参するのが常である。
しかし、昭和の時代には至極当たり前だった、この“削りたての鰹節”が、今ではすっかり影を潜めてしまった。日本料理店でさえ、削りたての鰹節を出す店は少なくなってきているのが現状だろう。かく言う我が家にも、鰹節削り器がなくなって久しい。便利なパック入りの鰹節やお湯に入ればオーケーの簡易なだしパックが、全ての手間を省いてくれたのだ。それはそれで、悪いとは思わない。優れ物もたくさんあり、私自身、その恩恵に預かり大いに利用もしている。だが、時折、あのおかかを掻きながら嗅いでいた鰹節のふくよかな香りが無性に恋しくなる。もしかしたら、あの懐かしい幼い日の食卓にワープできるかもしれないーそんな気がするのだ。

森脇慶子
「dancyu」「フィガロ」などをはじめ、多くの雑誌で活躍するトップフードライター。仕事はもちろん、プライベートでも食べ続け、食材への愛が深いゆえ、多くの有名シェフと親交がある。主な著書に『行列レストランのまかないレシピ』(ぴあ)、『フランスで料理修業』(学研パブリッシング)、『東京最高のレストラン』(共著・ぴあ)などがある。