鰹節と日本酒

鰹節と日本酒。これは決まって一日の終わりに口にするもの。

フードライターという仕事柄、というよりも食いしん坊の好奇心から、夜な夜な外で食事をすることがほとんど。満腹で帰宅してから数時間後の深夜、和食店で飲まし手として日本酒を提供する夫が仕事を終えて帰ってくると、夜食を食べ始める。

その隣で、手のひらほどの皿にふんわり盛った鰹節と日本酒をいただくのが日課だ。そこから1、2時間、お酒を交わす。

自宅の冷蔵庫には、日本酒の四合瓶がおよそ10本、時には20本以上ストックされている。ならば塩辛やエイヒレなどがあるかと思いきや、いわゆる酒に合う珍味はほとんどない。日本酒のお供は、迷わず鰹節。

大きな声では言えないが、世の中の酒に合うとされる珍味はしょっぱ過ぎることが多く、鰹節の旨味がちょうどいい。塩分の摂りすぎで翌日むくむこともないし、カロリー過多で太ることもない。しかし、そういった消極的な理由で鰹節を選んでいるわけではない。単に好きなのだ。

鰹節を口にすると、思い出す話がある。今から6、7年前、江戸時代の食文化の特集で、食文化史研究家の永山久夫さんのご自宅にうかがった時のこと。玄関を上がり、早速インタビューを始めようとすると、奥様が季節にちなんだ上生菓子とお茶を出してくれた。朝からわざわざ買いに出てくださっていたのだ。さらに、私は当時から着物で仕事をしていたが、丁寧に褒めてくださり、もう使わないから、と箪笥の奥から美しい簪を出してきてくれた。

急に自分が恥ずかしくなった。当時まだまだ駆け出しで、ガツガツと仕事に挑んでいた私は、短時間で仕事を終わらせようと考えていたのだ。

江戸時代の食について色々なお話をうかがったが、なかでも印象的だったのは、歌舞伎や浮世絵、俳句などが誕生したのは、鰹節によるところが大きいという話。「江戸っ子は鰹節をなめて育つ」といわれるほど、日々口にする馴染みの味だった。

トリプトファンという、人が幸せを感じる時に分泌されるセロトニンの原料が鰹節に多く含まれており、100万人が暮らす現代と同じストレスが絶えない過密社会にもかわらず260年も続いた。そして、そんな人々の豊かな感受性が、日本を代表する芸術文化を生み出すことに繋がったという。

鰹節で丁寧に出汁をとった味噌汁は偉大だ。江戸っ子の心の豊かさは、永山さんと奥さまそのものに感じ、鰹節がもたらす素敵な夫婦像が刻まれた。肖りたい。そして、江戸の芸術とまではいわないが、あわよくば文才にも影響して欲しいと願いながら鰹節を口に運ぶ。

最近、お腹回りを気にし始めた夫は、柿ピーを控え、鰹節に手を伸ばしてくるようになった。そろそろ削り器を購入しようかと思う。おいしい鰹節と日本酒があれば、我が家は安泰な気がするから。

 

 

外川ゆい

フードジャーナリスト。「東京カレンダー」「GQ JAPAN」「LEON」「婦人画報」「Chronos」などグルメ誌やライフスタイル誌を中心に、レストラン、ホテル、お酒、手土産など、食にまつわる記事を幅広く執筆する。海外のシェフや醸造家のインタビューも多数。なかでも日本酒をこよなく愛し、各地の酒蔵を巡ることをライフワークに。蔵元とお酒を交わす時間がなによりの至福。相手への敬意を込め、常日頃から和装。